よしおくんの日記帳

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甦る日の喜びⅡ

      例えば1878年、東北、北海道を一人で旅したイギリス人女性イザベラ・バードな
      どは、米沢平野を称して次のように述べる。

      「米沢平野は南に繁栄する米沢の町、北には人で賑わう赤湯温泉をひかえ、まっ
      たくエデンの園だ。
      鋤のかわりに鉛筆でかきならされたようで、米、綿、トウモロコシ、煙草、麻、藍、
      豆類、茄子、くるみ、瓜、胡瓜、柿、杏、柘榴(ざくろ)が豊富に栽培されている。繁
      栄し、自信に満ち、田畑のすべてがそれを耕作する人びとに属する稔り多きほほ
      えみの地、アジアのアルカディアなのだ」


      美しいのは風土ばかりではない。外国人女性が汽車も車もない時代、東北、北海
      道を旅したというのは凄いことだと思うが、それを可能ならしめた日本人、アイヌ人
      の倫理の高さに脱帽する。

      バードは言う。
      「女性が外国の衣裳でひとり旅をすれば、現実の危険はないにしても、無礼や侮
      辱にあったり、金をぼられたりするものだが、私は一度たりとも無礼な目にあわな
      かったし、法外な料金をふっかけられたことはない。」


      山形のある駅舎でバードが暑がっているのを見て、家の女たちがしとやかに扇子
      をとりだし、まるまる一時間も煽いでくれた。
      代金を尋ねると、いらないと言い、何も受け取ろうとしなかった。

      こういう話はザラにあり、楽天的で無邪気に見える当時の人々が、いかに高い倫
      理的規範を生活習慣の中に溶けこませていたかということの証左でもある。


      この頃西洋社会は既に工業化が始まっていたが、初期工業社会が生み出した都
      会のスラム街、そこでの悲惨な貧困と道徳的崩壊を見た目には、工業化以前のこ
      の爛熟した農業と手工業社会の中で和気藹々と暮す人々の姿は、地上の楽園を
      想起させたことだろうし、自らの過去へ郷愁せしめたことだろう。


                                       *** つづく ***
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by kumanodeainosato | 2009-10-01 16:37 | プチ熊野大学