よしおくんの日記帳

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甦る日の喜びⅤ

      その頃「逝きし日の面影」などという本が出版されていたら、おそらく袋だたきに
      あったことだろう。

      戦後六十年経って、やっとミソとクソの区別がつくようになってきたのかもしれな
      い。
    
      あの江戸庶民のしぐさた心根、心意気がたとえ少しでも戦前で消滅したことは想
      像に難しくない。


      そして高度成長。

      この時期エネルギー革命によりカマドや火鉢が姿を消し、井戸や水道にとって代
      わられた。

      また日本中の道路が舗装され、下駄屋やタビ屋もなくなった。

      大家族が核家族化し、地域が少しずつ崩壊し、人間関係がだんだん疎遠になっ
      ていった。

      つまり、江戸以前から連綿と続いていたカマドや井戸といった生活様式までなく
      なり、生活の中の自然的要素がことごと駆逐され、私達の感性を育んだカマドの
      火のあかいゆらぎや、夏の井戸の冷たさは記憶の中に残るのみ。

      子供たちはその記憶もない。

      大家族と地域社会で培った人間のつき合い方。

      人と接する時の間のとり方。

      情の交わし方。

      現代ではそれを学ぶ場も機会もない。


      しかし、しかしである。

      それ程遠い昔ではないあの江戸時代の人々の、西洋人を簡単せしめたよき人柄
      の血が、私達に一滴も受け継がれていないのだろうか。

      著者の渡辺京二氏は、二度と戻らない〝逝きし日〟と言っているが、私は甦り得
      ると思っている。


                                       *** つづく ***
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by kumanodeainosato | 2009-10-09 10:46 | プチ熊野大学