よしおくんの日記帳

deainosato.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:てのひらまつり( 4 )

― てのひらまつりⅣ ― 「葦舟の石川仁さん」

      「てのひらまつり」に出席して、色んな人に出会うことがきで、この催しを企画、
      開催してくれたケンゴさん、のぶちゃんをはじめ主催者の方々にとても感謝し
      ている。
      
      中でも葦舟の石川仁さんに会えたのは、熊野への一番の土産になった。
      多分、熊野川の龍神さんの計らいであろうと思う。

      二日目の夜、自分の出番を待っている時、私の次にもう一人ステージで喋り
      たい人がいるというのでケンゴさんから紹介された。
      葦舟を作りそれに乗って、川を下ったり海を渡ったりしているそうである。
     
      川原で葦を苅れば材料は手に入る。
      製作自体も簡単で三人乗りなら一日で出来るときいて大いに興味をそそられ
      る。
      私の頭の中ではもう既に葦舟が熊野川を下っていた。

      「熊野に来て欲しい」と言ったら「喜んで」ということであった。

      葦舟には太古の昔から魂が宿ると言われていて、神深い熊野で浮かべるに
      ふさわしい。
      また製作には葦を束ね、それを麻ひもで縛っていくが、麻も神事に使うもの
      なので、これも熊野に相性がいい。
      というより何より石川仁さんその人自身、熊野にピッタリという印象をもった。

      後で知ったことだが石川さんは、今まで色んな冒険をしてきている。
      
      サハラ砂漠をラクダ一頭を連れて、半年間2700キロ歩いたとか、白一色の
      アラスカでしばらくイヌイットと暮したとか、南米のジャングルを流れるオリノ
      コ川の支流を800キロカヌーで下ったとか、葦舟でチリの港からポリネシア
      のタヒチ近くのマルケサス諸島まで航海したとか、どれ一つとっても大した冒
      険である。

      しかし所謂冒険家と言われる人の様に、ある目標や目的を定めてそれを完
      遂することで名誉を得る等といったこととは少しちがうような気がする。
     
      石川さんは旅そのもの、冒険そのものと一心同体で、そのプロセスの中で生
      命を開花させ燃焼させている。
      そこに全てがある。
      目的地を設定し、それが優先させられることはない。

      石川さんが葦舟がすきなのは、石川さんと葦舟が似ているからである。
      石川さんによると、葦舟は出発して何処か目的地に向かう舟ではなく、風まか
      せの浮島だという。
      海そのものを生活の場にしてしまう舟なのだ。

      石川さんをみていると、オーストラリアの先住民のアボリジニを思い出す。
      彼等に動向した文化人類学者によると、アボリジニは水も食料も持たず砂漠
      を旅するが、移動する日々、何処かから水が出、食料が手に入るという。
      
      小智才覚に頼らず、全て神(宇宙)にゆだねているから、宇宙に同調し、宇宙
      に守られるのだろう。
      
      石川さんも宇宙の愛に抱かれているように見える。
      石川さんは冒険家のように用意周到にして旅に出るのじゃないと思う。
      常識人から見れば無謀とも思える行為に見えるその背景には、自然や宇宙に
      対する深い信頼があるはずだ。
      そうでなかったら、葦舟が真二つに折れた外洋で、舟の修繕そしながらクジラ
      と遊ぶなんて心の余裕はとても生まれない。
     
      彼は宇宙の正体を体得しているのだろう。

      石川さんの指導で作った葦舟を神の川、熊野川に是非浮かべてみたい。

      2009年10月初旬の予定。


     
      石川仁さん主催 カムナ葦舟プロジェクトHP
     

a0129148_18563572.jpg

                     
[PR]
by kumanodeainosato | 2009-07-02 12:06 | てのひらまつり

― てのひらまつりそのⅢ ― 「長瀞メンコ大会」

      てのひらまつりの二日目。

      昨日は「ひぐち」騒ぎで夜着いて、のぶちゃんに一通り会場を案内してもら
      ったが、暗い電気の下、昔の夜店のようで、郷愁をそそるものがあった。
      ただあのカーバイドのくさい臭いがしないのが物足らなかった。

      寝る前にコーヒーを飲んだせいで、目が冴えて寝つくまでに何度もトイレに
      起きた。
      こういう時に老いを感じる。


      この日朝からもう一度会場を見て回る。

      「てのひらまつり」って、どういう意味だろうと思っていたが、てのひらを使っ
      て物作りをする人々の祭りだそうだ。
      
      私は百姓なので、やはり手のひらを使って米や野菜を育てる。
      仲間に入れてもらえる資格がありそうだ。
      
      アクセサリーや小物の装飾品、草木染等の店が多い。
      他は食べ物、飲み物関係だ。

      殆ど若い人達で、既存の社会に飽き足らず、もう一つの生き方をしている人
      が多い。
      
      手のひらというのは、物を育てたり、作り出せるばかりでなく、水をすくうこと
      もできるし、光を受け止めることもできる。
      火にかざすこともできる。
      両手を合わせて祈ることもできるし、手をたたいて人を称賛することもできる。

      人間らしさを表現する大切な器官。
      その手のひらをもう一度しみじみ見つめた時、ちがう人の生き方、社会のあ
      り方が見えてくる。


      文明が高度になればなる程、工業化が進めば進む程、目線を低くして、生
      き物の私に戻らなければならない。
      近代人こそ手のひらと赤い糸でつながらなければならない。(と私は百姓を
      しながらずっと思ってきた。)

      会場を一周回って、知り合いもなく、手もちぶさたで主催者のテントにいると、
      メンコを研究しているという人が来た。
      ケンゴさんがその人にあげるのだといって、古いメンコをもってきた。
      図柄は戦争もので、戦前のやつである。
      それも四角ではなく、丸い。

      「私が珍しいベッタンやなあ」というと、その研究家は「メンコのことをベッタン
      というんですか。どの地方ですか」とペンと手帳で迫ってくる。
      
      「大阪近郊ではみんなそう言うがな」
      大阪弁で答える。

      いい話し相手が見つかったので、ベッタン談義をしながら自慢話をする。
      
      ベッタンはベッタともいうが、トランプ程の大きさで、トランプより少し厚い。
      色んなゲームがあるが、自分の玉で相手の玉を裏返しにする技術が基本
      になる。上手に風を送ると裏返しになるどころか、くるくると飛んでいく。
     
      私は子供の頃、この技量が人一倍すぐれていて、近所の子供たちのベッタ
      をみんな巻きあげたことがある。
      しかしそれでは遊べないので、台の上に上って、モチまきみたいにベッタま
      きをして、みんなの手元に返し、またそれを巻きあげるのである。

      上級生ともよく勝負したがたいてい私が勝った。
      しかし何しろ相手は上級生なので、機嫌をそこねさせると怖い。
      小学生の二、三学年の差は大きい。
      
      そこで私は注意深く勝つのである。
      あまりこれ見よがしには勝たない。
      いつの間にか勝っていたという勝ち方をする。
      
      もうお解りでしょう。
      勝ち方まで手の内にある。
      それ程私は強かったのです。

      世界ベッタン大会があったら優勝する自身がある、と言うと研究家は信用し
      ない。

      それじゃここでベッタン大会をやろうということになり、研究家の用意した四
      角のものを使うことになったが、これが普通のより少し厚い。
      ベッタンの厚さは重要で厚過ぎても薄過ぎでもだめで、程よい厚さというも
      のがある。
      私はこの厚さだと自分の実力が発揮しにくいと思い大いに不満だったが、他
      に代るものがないのでシブシブ承知。
    
      最初四、五人で始めるが、他の人の打ち方を見ていると全員素人だ。

      真直ぐ打ち降ろしても風は送れないし、斜めの角度がきつ過ぎても玉は横
      すべりしてしまう。
      打ち降ろす強さも、強過ぎても弱過ぎても風は生じない。

      それには膝を使うのである。
      打ち降ろす瞬間に膝を折る。微妙な角度と微妙な強さで打ち降ろされた玉が
      相手の玉に寄り添うように、地面にへばりつく。
      まるでベッタンの裏に足が生えたように。
      この時、玉に気をこめ、その気を地面に閉じこめるつもりで打つ。
      というより実際に気を閉じこめ、全て相手の玉に向わせるのである。

      もう一つは、相手の玉に対してどういう方向から打つかということである。
      すき間の出来ている方向から打たないと、相手の玉に風の影響が届かない。
      
      そういうことが身体化され、頭に入っていなければ、私とは勝負にならない。

      連続で三枚返し、最後の二枚をいっぺんに返した時、見物人の「オー」という
      声。
      
      あんまりみんな下手なので、多少解説すると、研究家は「そうなんだ。メンコ
      は科学なんですね」
      「そんな大げさなもんやおまへん。掛け算できんうちからベッタンできました。」

      そのうち参加者も増え、「てのひらまつり」の番外イベントになる。

      いつしか私はみんなから「師匠」と呼ばれるようになり、研究家も私のホラ話
      が本当だったことを認め、第一回長瀞メンコ大会も無事幕となりました。


      めでたし、めでたし。



a0129148_11372323.jpg
    てのひらまつりブース

a0129148_11312463.jpg


                                               





                                            




                                      メンコ
      
      

      
[PR]
by kumanodeainosato | 2009-07-01 16:49 | てのひらまつり

― てのひらまつりそのⅡ ― 「留守番電話に話せない」

     私はどいらかというと人前で話すのが得手である。
     苦手という人の方が多いだろうが私はその逆で、自分でもエンターティナー
     だと思っている。

     それでケンゴさんに「てのひらまつり」で話して欲しいと頼まれたのも、二つ
     返事で引き受けた。

     講演と称するものや講演もどきで喋ったことは数えきれない程だが、野外
     のステージというのは初めてである。

     金、土、日と三日続きのお祭りの土曜日の夜ということになった。
     この日は催しがいっぱいあって、音楽あり大道芸あり、ファイアーショウあり
     で、私の出番は夜の十時過ぎになってしまった。

     派手なショウが終わり、多くの人は各々の居場所に引き揚げたが、舞台の
     周りにはお祭りの夜を惜しむ人がまだそこそこ残っていた。

     舞台に上がって椅子に座るが、強烈なライトに照らされ客席が全く見えない。
     見えないまま話すが、コトバがスムーズに出てこない。
     話しながら、「アッ、これは留守番電話に話しているのと同じだ」と思った。

     私は留守番電話になっていたらすぐ切る。生理的にダメなのだ。

     昔こういう話をきいたことがある。
     演説の上手な人は、オールという塊に向って語りかけるのではなく、各々の一
     人一人、即ちエブリワンに向って、語りかけるのだという。
     聴いている人誰もが、「あっオレに向って話している、私に向って話している」と
     感じる訳だ。

     講演の時、壇上から見ると、一人一人の反応がよく分かる。
     私は視力はあまりよくないが、自分の話がよく届いたかどうか波動で感じとれ
     るのだ。

     話し始めの最初の五分は、もの凄く緊張する。何度やっても慣れるということ
     はない。
     聴衆の歓心を買おうと、いきなり冗談を言っても、客は笑わない。
     この五分の間に、客の心が開かれるかどうかが勝負なのである。
     私の土俵に上ってくれたなと思ったら、ここからはもう合作の世界。
     聴いている人が、喋っている人のコトバを紡いでくれるのだ。

     勿論、用意した原形の話はあるが、それに手足が生え、生命が注ぎこまれて
     いくのは、聴衆の乗りと、会場の雰囲気の力である。
     私は「うん、うん」と頷き、相槌をうってくれる人に向って話しかけ、会場という宇
     宙空間に身を任せていればいい。

     ところが今回は勝手がちがう。
     相手の表情が見えない。
     まるで羅針盤のない海を漂っているようで、自分の身を守ることで精一杯。

     話が話の中に小さく収まってしまって、まるっきり遊びがない。
     私の話は周りのエネルギーを取り込むことができなくて、自由空間を飛翔でき
     ずにいる。

     私は喋りながら「これはピンチだ。何とかしなければ」と思っていた。
     それで話が一つ終った時、いつもの調子が出ないことを告白し、もっとワガママ
     に喋りますよと宣言した。
     
     手のうちを曝け出すことによって、聴衆との回線がつながり我が家に帰ったよう
     な気分になった。
     相変わらず顔は見えなかったが二つ目の話から私の発する波が相手の所に届
     いているのを感じることができた。

     私は檻から出してもらい秩父の夜を楽しんだ。



     めでたしめでたし。



    
a0129148_16353695.jpg














 

てのひらまつり2009


a0129148_1531401.jpg
                                   



                                  









                              




                
                       
                                                        キャンドルナイト  
[PR]
by kumanodeainosato | 2009-07-01 15:42 | てのひらまつり

― てのひらまつり そのⅠ ―  「ひぐち駅は遠かった」

      先日、秩父の長瀞のキャンプ場で行われた「てのひらまつり」に行って来た。

      主催者の一人、吉田ケンゴさんに呼ばれたためだ。若い人が多いが大勢集
       まるので何か話してくれないかということであった。
      肩ひじ張った場ではないので普段、出会いの里私立「熊野大学」で話してい
      るようなことでいいらしい。

      秩父までの交通が分からないので、彼のつれ合いののぶちゃんが、パソコン
      で調べて、羽田からの交通を懇切丁寧に書いて送ってくれた。

      さて当時、九時に家を出て白浜から飛行機にのり、羽田に十二時についた。
       
      その時刻表通りに行くと、昼飯を食べる間がない。何しろ、乗り換え、乗り換
      えて数分刻みなのだ。
      私はこういうことにはわりと気の小さい方なので、指示通りに行動してしまう。
      方向音痴も手伝って、「迷わず乗り換え出来るかしら」などと考えているので週
      刊誌などをひろげながらも、その実駅名ばかり気にしている。

      それでもどうやらワンマンカーのローカル線に乗り換え、やっと目的の駅に着
      いた。

      もう三時を回っている。
 
      小さな小さな駅で駅舎もないし駅員もいない。児童が数人降り、お迎えのお母
      さんの車に乗ってアッという間に誰もいなくなった。

      私のお迎えはまだらしい。「そのうち来るだろう」とベンチに座り、余裕の長旅を
      ふり返り何度も乗り換えてよくここまで来たという達成感を反芻していた。

      それにしても遅い。ベンチの横の公衆電話に入る。
      こんな時のために佐代が用意してくれたテレホンカードを取り出し、相手の携
      帯に電話。のぶちゃんが出た。

      「ひぐち駅に着いて待っているんだけど」

      「私達もひぐち駅に来ているよ」

       「だって、ここにはだあれもいないよ。全て一望できる小さな無人駅だもの」と
       言った所で、心の中でアッと叫んだ。

       「もしかしてひぐち駅は二つあるんだ」

      道理でおかしいと思っていた。明らかにここは茨城だもの。

      道中、ずっと平地林の多い茨城を旅している自覚があったのだが、そのうち秩
      父に通じるのだろうと(そんなことあり得ないのだが)思い、のぶちゃんのメモを
      露疑うことをしなかった。

      だって丁寧な字で、ひぐち駅まで詳細に案内されていて、その通りに行くだけで
      精いっぱいなんだもん。

      「木を見て森を見ず」とはこのことだと思ったが、もう手遅れ。今来たルートを東
      京まで戻ってやっと振り出しじゃないか。

      「ワァー」と泣き叫びたくなった。
 
      視界の中に人は誰もいない。近くに店もない。
      西部劇に出てくるまだ鉄道が敷設されたばかりの西部劇の田舎町に一人取り
      残された感じだ。

      一体上りの列車が来るのだろうか。

      時刻表なんて何処にもない。

       一日一本ってことないだろうな。今日中に秩父に行きつけるだろうか。

      ふと気づくと、10トントラックが一台停まっている。
      運転手はいない。

       しばらく待っていたらトイレから出てきたので話しかける。

       髪の毛は真白で、年格好もこちらとドッコイドッコイ。

      「秩父のひぐちに行こうと思ったら、常陸のひぐちに来てしもうた」

       「ええっ」と運ちゃんはびっくり。

      よく見ると歯が殆どない。

      「方向が同じなら乗せていってやるが、今日はもう何処にも行かないんだ」

      「電車来るかな」
 
      「一時間に一本あるよ」

      「ああ、助かった」



      秩父のひぐち駅に着いたのは、もう夜の九時を回っていた。
      のぶちゃんがホームにかけこんで飛びついてきた。

      私が怒って帰ってしまうのではないかと心配していたそうです。
      


      めでたしめでたし。


      ※てのひらまつり主催者 吉田ケンゴさんHP→ 吉田ケンゴの世界
[PR]
by kumanodeainosato | 2009-06-28 09:49 | てのひらまつり