よしおくんの日記帳

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― てのひらまつり そのⅠ ―  「ひぐち駅は遠かった」

      先日、秩父の長瀞のキャンプ場で行われた「てのひらまつり」に行って来た。

      主催者の一人、吉田ケンゴさんに呼ばれたためだ。若い人が多いが大勢集
       まるので何か話してくれないかということであった。
      肩ひじ張った場ではないので普段、出会いの里私立「熊野大学」で話してい
      るようなことでいいらしい。

      秩父までの交通が分からないので、彼のつれ合いののぶちゃんが、パソコン
      で調べて、羽田からの交通を懇切丁寧に書いて送ってくれた。

      さて当時、九時に家を出て白浜から飛行機にのり、羽田に十二時についた。
       
      その時刻表通りに行くと、昼飯を食べる間がない。何しろ、乗り換え、乗り換
      えて数分刻みなのだ。
      私はこういうことにはわりと気の小さい方なので、指示通りに行動してしまう。
      方向音痴も手伝って、「迷わず乗り換え出来るかしら」などと考えているので週
      刊誌などをひろげながらも、その実駅名ばかり気にしている。

      それでもどうやらワンマンカーのローカル線に乗り換え、やっと目的の駅に着
      いた。

      もう三時を回っている。
 
      小さな小さな駅で駅舎もないし駅員もいない。児童が数人降り、お迎えのお母
      さんの車に乗ってアッという間に誰もいなくなった。

      私のお迎えはまだらしい。「そのうち来るだろう」とベンチに座り、余裕の長旅を
      ふり返り何度も乗り換えてよくここまで来たという達成感を反芻していた。

      それにしても遅い。ベンチの横の公衆電話に入る。
      こんな時のために佐代が用意してくれたテレホンカードを取り出し、相手の携
      帯に電話。のぶちゃんが出た。

      「ひぐち駅に着いて待っているんだけど」

      「私達もひぐち駅に来ているよ」

       「だって、ここにはだあれもいないよ。全て一望できる小さな無人駅だもの」と
       言った所で、心の中でアッと叫んだ。

       「もしかしてひぐち駅は二つあるんだ」

      道理でおかしいと思っていた。明らかにここは茨城だもの。

      道中、ずっと平地林の多い茨城を旅している自覚があったのだが、そのうち秩
      父に通じるのだろうと(そんなことあり得ないのだが)思い、のぶちゃんのメモを
      露疑うことをしなかった。

      だって丁寧な字で、ひぐち駅まで詳細に案内されていて、その通りに行くだけで
      精いっぱいなんだもん。

      「木を見て森を見ず」とはこのことだと思ったが、もう手遅れ。今来たルートを東
      京まで戻ってやっと振り出しじゃないか。

      「ワァー」と泣き叫びたくなった。
 
      視界の中に人は誰もいない。近くに店もない。
      西部劇に出てくるまだ鉄道が敷設されたばかりの西部劇の田舎町に一人取り
      残された感じだ。

      一体上りの列車が来るのだろうか。

      時刻表なんて何処にもない。

       一日一本ってことないだろうな。今日中に秩父に行きつけるだろうか。

      ふと気づくと、10トントラックが一台停まっている。
      運転手はいない。

       しばらく待っていたらトイレから出てきたので話しかける。

       髪の毛は真白で、年格好もこちらとドッコイドッコイ。

      「秩父のひぐちに行こうと思ったら、常陸のひぐちに来てしもうた」

       「ええっ」と運ちゃんはびっくり。

      よく見ると歯が殆どない。

      「方向が同じなら乗せていってやるが、今日はもう何処にも行かないんだ」

      「電車来るかな」
 
      「一時間に一本あるよ」

      「ああ、助かった」



      秩父のひぐち駅に着いたのは、もう夜の九時を回っていた。
      のぶちゃんがホームにかけこんで飛びついてきた。

      私が怒って帰ってしまうのではないかと心配していたそうです。
      


      めでたしめでたし。


      ※てのひらまつり主催者 吉田ケンゴさんHP→ 吉田ケンゴの世界
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by kumanodeainosato | 2009-06-28 09:49 | てのひらまつり

「三度目の実り」

      畑の草取りをしていた。ヨーロッパ等は雨が少ないので、草はあまり生えないらし
      いが日本農業は草との闘いである。有無をいわせず片っぱしから引き抜く。そん
      な作業を続けていく中、手元の動作がパタッと止った。
      禾本科(稲科)の草に混じって、稲が生えている。前から気がついていたが、いざ
      草と一緒に引き抜くとなるといかにも惜しい。
      作物というのは人間との親和性なのか、パッと見た感じ草とは明らかに受ける印
      象がちがう。もし稲ということを知らなかったとしても、「どこのどなたかは存じませ
      んが、おそらく高貴なお方でありましょう」という風情なのである。

      畑に稲が生えているといってもこぼれ種ではない。去年の切り株から茎が出てい
      るのだ。
      初秋に稲苅りをし、しばらくしたら、その切り口からひこばえが生え、私達はそれを
      又苅り取り鶏の餌にした。二度目はわずかばかりだが、既に同じ株から二度収穫
      したのである。
      そしてその後、全面耕起しないで、耕耘機に畝立て機具をつけ、いきなり畝を立て、
      キャベツ、レタス等を植えた。二条植えで畝の両側は耕されているが、真中は芯が
      残っている。即ち切り株はそのままということである。

      冬を越して、春になりキャベツ、レタスは生長し、やがて収穫。6月ともなれば収穫
      はとっくに終っている。しかし主役たちが退場した後、半年の眠りから醒め、忘れら
      れた稲の切り株からまたも茎が伸び始めた。
      熱帯生まれの稲が幾多の凍てや霜に遭い、まだ生きていて三度目の実りに向って
      いるという生命力の強さに感動せずにおれない。百姓賛歌、生命賛歌を唄いたくな
      るのは、こんな時なのだ。
      稲さんの三度目の実りが達成されますように。

      
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by kumanodeainosato | 2009-06-24 17:21 | よしおくんの農

「三餘」

       栂の木の大黒柱のある我が家の居間に「三餘」と書かれた額がかかっている。
       書道家の梅原千鶴さんにいただいたものだ。色んな人にどういう意味ですかと
       きかれる。私も最初は知らなかったが、梅原さんに教えてもらった。魏・呉・蜀の
       史書である三国志に出てくるコトバだそうである。
       「余り」というのは物についてではなく、時間についていったもので、三つの余っ
       た時間のことである。梅原さんがわざわざこのコトバを選んでくれたのは、私の
       仕事や生活スタイルが古代の人と同じように太陽と共にあるからだと思う。
       百姓にとって、三つの余った時間とは、夜と雨の日と農閑期である。この余暇に
       読書をしなさいという教えだそうである。
       おかげでこの三余を生かし読書をしたり思索をしたり、脳と身体のバランスはい
       いなと自画自賛している。そして百姓という仕事に就けたことに心から感謝して
       いる。
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by kumanodeainosato | 2009-06-22 15:24 | プチ熊野大学